【摂津市の歴史】弥栄の樟(やさかのくす)は存在感たっぷり、畏敬の念を感じます。

摂津市千里丘東5丁目に巨大な樟があります。

 

弥栄の樟

児童公園内にドンと立っています。

 

石碑の横にある説明によりますと、

天保14年(1846年)9月の嶋下郡味舌郷(ましたごう)の図面で金剛院持。と記されている弥栄の樟は、当時この付近も金剛院(千里丘3丁目)の一部であったことを物語っている。かつてはこの地に藤の木八幡神社(中内八幡宮)の社があり、中内八幡宮の歌をうたいながら参詣する人も多かった。
 この八幡宮も明治45年4月、須佐之男命神社に合祀されたが、その当時からひときわめだったのがこの樟である。聖武天皇の天平年間(729~748年)植樹という伝承があるが、昭和初めに味舌村では「弥栄の樟」と命名し、命名式には芸人を呼び寄せて披露しこの樹を厚く保護した。
 この樟は平成元年4月大阪みどりの百選選定委員会において「大阪みどりの百選」の一つに選ばれた。

とのこと。

 

なんとも歴史を感じますね。

樟の周りにはすべり台やブランコがあります。

しかし、この公園のメインは樟です。

弥栄の樟2

 

弥栄の樟3

わんぱく児童公園ですが、ここに来る人は、樟に畏敬の念を感じているのでしょうか。

 

いやぁ、そんな雰囲気なんです。

 

石碑
石碑

 

八幡宮址
八幡宮址

 

大阪みどりの百選
大阪みどりの百選

 

弥栄の樟はここ↓
[map]大阪府摂津市千里丘東5-3-5[/map]

 

《つよし》

つよし

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